農作物に含まれる放射線量に関する考察(市場流通野菜(葉菜)は過剰に放射性カリを集積している)

農作物に含まれる放射線に関して、セシウムだけではなくカリウムの放射線も考慮した上で今後の農作物のあるべき姿を提言していきたいと考えております。

作物は放射性セシウムを特に必要としているのでしょうか

 H29.12.01 元宮城県古川農業試験場土壌肥料部 長谷川栄一

 

【地殻には110余の元素がありますが、植物の必須元素は16種のみ。カリウムは必須ですが地殻中の安定セシウムの含有量は極めて少なく全くなくても植物は育ちます。】

 

地球上には110余の元素が存在しますが、作物に必要な元素は16元素だけです。

例えば周期表Ⅰ族には化学的に同じ性質のナトリウム(元素記号Na)カリウム元素記号K)、ルビジウム元素記号Rb)、セシウム元素記号Cs)が属しています。

Kは植物が多量に必要としている必須元素ですが、Na、Rb、Csは必須元素ではありません。作物はNa、Rb、Csが全くなくとも正常に生育します。

 

地殻中の含有量ではNaは原子量(アボガドロ数6×1023個の原子の重さ)23g で地殻1kg中の含有量は24000mg/kg、Kは重さ39gで含有量21000mg/kg 、Rbは 90g、85mg/kg、Csは133g、3mg/kgとなり重くなるほど含有量は少なくなります。

含有量を原子量で割ってKとCsの原子数を比較すると、地殻のKはCsの21000/39/3×133=24000倍となります。地殻にはKが24000個に対し、Csは僅か1個の割合でしか含まれていません。

NaとKについては、NaはKのほぼ2倍の個数の多量のNa原子が地殻に含まれています。そして地殻に潤沢に含まれるこのNa原子を、多くの植物はK不足時に代替吸収元素として利用しています。

 

放射性セシウムCsは、46億年前を除けば、1945年以前の地上に存在しませんでした】

 

周期表Ⅰ族にはナトリウム(Na)、カリウム(K)、ルビジウム(Rb)、セシウム(Cs)が属しています。

これら元素は放射能を持たない安定元素として存在していますが、46億年前地球誕生時に生成された放射性同位元素も混じっています。

半減期13億年の放射性カリウム40Kと、推定宇宙年齢の3倍にも達する半減期490億年の放射性ルビジウム87Rb、これらは半減期が長いため現在も地殻中に現存しています。

地球誕生時に生成された半減期2年と30年の放射性Cs、半減期3年の放射性Naは、半減期が短いので地殻中には存在していません。

しかし、宇宙線で生成され続けている放射性Naと、人為由来の放射性セシウム(Cs)は現在も地表に存在しています。

半減期の長い40Kは地球上のどこのKにも普遍的に0.0117%含まれていますが、規制対象とすべきか検討を要する自然放射能核種として取り上げられたこともあったようです(放射線審議会2003)。

現在の放射性セシウム(Cs)は完全に人為的要因により成されたものです。

原爆・核実験・原発事故で半減期2年の放射性セシウム134Cs、半減期30年の放射性セシウム137Csが生成されました。

46億年前を除けば、1945年広島長崎原爆以前には地球上に放射性セシウム(Cs)は存在していませんでした。

その後米ソなどの核実験により生成された放射性セシウム(Cs)は地球上にまき散らされ、土壌は放射性セシウム(Cs)で汚染されました。

安定元素も放射性元素も化学的性質は同じなので、植物は安定、放射性を区別せず吸収します。その結果土壌と同時に作物も放射性セシウム(Cs)により汚染されることになりました。

1960年代には放射性セシウム(Cs)は全国平均で水田40Bq/kg、玄米は1Bq/kg程度に汚染されましたが、半減期が比較的短いため2010年には土壌は5Bq/kg、白米で0.01Bq/kgまで概ね10分の一まで減少しています。しかし2011年福島原発事故により、全国平均で土壌は50Bq/kg、白米は0.08Bq/kg程度に、一桁跳ね上がりました(農業環境技術研究所2013)。

 2012年丸森町の畑土壌でも400~900Bq/kgが検出されています(北村 てとてと春2013)。

土壌900Bq/kgの場合、放射性セシウム137Csとすると原子個数は1.37×109×900=1.3×1012個/kg、土壌1kg中に約1兆個、地殻中の安定セシウム(Cs)原子個数Csは上記のように3/1000/133×6×1023=1.4×1019個/kg、地殻1kg中に約1兆個の1000万倍、つまり安定セシウム(Cs)原子1000万個に対し放射性セシウム(Cs)は僅か1個の割合で含まれることになります。

 

【生命は海から陸へ、陸上で工夫し進化させたとカリウム吸収体制が植物の放射性セシウム吸収を助長しているのでしょうか?】

 

46億年前に地球が誕生し、38億年前海水中で生命が誕生しました。

海水中では太陽からの有害な紫外線が遮られ、生長に必要な栄養分のすべてが潤沢に含まれていたからです。植物は養分を葉面から吸収し、根には養分吸収機能はなく、自分を岩礁に付着させるだけの役割でした。その後、海水中の光合成生物により大気に酸素が供給され、オゾン層により地上の紫外線が弱まりました。5億年前、生命は上陸を開始しました。

海水中とは異なり、しかし陸上では地殻表面(土壌)の養分濃度は場所により大きく変動します。この環境変動に対応するため、植物は根の養分吸収機能を進化させました。養分のうちカリウムは植物に多量に必要な必須元素ですが、カリウムが不足した場合の対策として多くの陸上植物が工夫し進化させたのがナトリウム代替吸収です。海中では一般にカリウム不足は発生せず、海草の放射性セシウム(Cs)濃度は一般には低い値にとどまります。しかし陸上ではカリウムが不足す場合があるので、陸上植物の多くはカリウム不足時に不足分をナトリウムで代替吸収する体制を進化させてきました。このカリウム環境変動対策として進化させた代替吸収体制が裏目となって、ナトリウム代替吸収時に放射性セシウム(Cs)が桁違いに多量に吸収されると考えています。ナトリウムの代替吸収体制を、稲の場合で説明してみます。

 

水稲カリウム原子が1個不足するとナトリウム原子を1個代替吸収します】

 

宮城県農業センター報告1986)

カリウム(K)は作物が多量に吸収するので、土壌で欠乏しやすく施肥が必要な元素です。第6図に見られるように水稲茎葉のナトリウム(Na)の濃度の間には明瞭な変換点があります。水稲は茎葉のK濃度が十分で

あれば茎葉Na濃度はごく低く、一定ですが、K 濃度が低下しK2O表示で2.0%程度に低下すると突然ナトリウム濃度が高まり始めるからです。しかも第8図に見られるようにKとNaの回帰直線の傾きは0.65で、Na2OとK2Oの原子量の比(23×2+16)/(39×2+16)=0.66によく一致しています。水稲はK一個不足するとNa一個を吸収して代替えしているのです。

 

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水稲放射性セシウムの吸収はナトリウムの代替吸収によく似ているようで・・・・ 】

 

(農研機構2012、宮城研農業センター報告1986)  

玄米への放射性セシウム(Cs)の移行率は、土壌交換性カリ(K2O表示)が25mg/100g土以上であればゼロにはならないが、低い値にとどまります。しかし5mg/100g土程度まで低下すると移行率は連続的に1桁高まります。この関係は水稲のナトリウム(Na)吸収によく似ています。土壌交換性カリが20mg/100g土であればNa吸収はゼロではないが低い値にとどまり、土壌交換性カリが5mg/100gまで低下するとNa吸収は1桁高まるからです。

図3の玄米放射性セシウム(Cs)の移行率と土壌交換性Kの関係や、第21図の水稲Na濃度と土壌交換性Kの関係では、土壌交換性Kが少なくなると連続的に徐々に高まるように見えます。しかし水稲と土壌の関係では連続的にみえますが、第6図の水稲体内のK濃度とNa濃度の関係には明瞭な変換点があり、新たなNa吸収が非連続的に始まっていることは明らかです。水稲のNaとK栄養状態の関係にはK2O表示で2.0%という明瞭な変換点があり、水稲のK栄養状態がこの変換点以下に低下するとNa濃度が突然上昇を始めるからです。

図3の放射性セシウム(Cs)吸収のグラフと第21図のNa吸収のグラフの類似性から推測すると、水稲が非連続的で突然にNa吸収を始めると、同時に放射性セシウム(Cs)をも突然、桁違いに多量に吸収し始めるというメカニズムが予想されます。

 

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水稲根は根圏にカリウムがゼロになるという刺激に反応して非連続的にナトリウム代替吸収が開始され、同時に放射性セシウムを桁違いに多量に吸収する】 (環境放射能除染学会2015)

 

水稲の水耕培地に、3mg/kg程度のナトリウム(Na)、カリウム(K)、ルビジウム(Rb)、非放射性の安定セシウム(Cs)を添加して濃度推移を調査しました。作物は放射性セシウム(Cs)と安定セシウム(Cs)を識別できないので、安定セシウム(Cs)の挙動はそのまま放射性セシウム(Cs)の挙動となります。培地の元素濃度が低下することは、水稲の根がその元素を水中から探し出し積極的に吸収していることを意味します。

(図左)、K、Rb、Csは20時間~40時間の間にゼロまで低下しましたが、その間Naの低下はなく

 

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        図 水耕栽培培養液中の非放射性K、Na、Rb、Cs濃度推移

40時間以降K、Rb、CsがゼロになってからNaの低下が始まりました。(図右)、しかしNa低下が始まった段階でRb、Csを新たに添加すると、20~40時間に比べ数時間という短い時間でゼロになりました。

このグラフからは、水稲は根近傍にKがあれば水稲根の、多くのNa吸収ゲートが閉じているためNaを僅かしか吸収しませんが、根近傍のKがゼロになるとそれが刺激シグナルとなり、それまで閉じていたあるNa吸収ゲートが突然開きNaを多量に吸収し始め、同時に放射性セシウム(Cs)をNaに比べても非常に早い速度で吸収し始めることを示していると考えられます。

(ここに記したNa代替吸収プロセスを表現する適切な言葉が、生物学の「チャンネル」なのか「トランスポーター」なのか、生物学素人の筆者には判断できませんでした。そこで専門用語ではない「ゲート」という表現を用いてこの代替吸収のイメージを表現してみました)

 

水稲放射性セシウム吸収のメカニズムと対策(まとめ)】

 

水稲は土壌にカリウム(K)が潤沢であれば、放射性セシウム(Cs)の吸収は抑制され少ない。しかしKを闇雲に多量に施肥しても、放射性セシウム(Cs)吸収をゼロにはできない。

水稲の根近傍にKが存在している間は、ナトリウム(Na)の吸収は一定で僅かである。しかし根近傍のKがゼロまで低下するとそれがシグナルとなり、それまで閉じていた水稲根の、あるNaの吸収ゲートが非連続的に突然開き、Naは突然積極的に吸収され始める。同時に放射性セシウム(Cs)も突然、桁違いに多量に吸収される。

放射性セシウム(Cs)吸収抑制のためには根近傍のK濃度をゼロにしないようなK施肥が必要である

□第21図の土壌K含量は土壌全体のマクロな含量であり、マクロな土壌交換性Kがゼロになる前にNa代替吸収が始まる。土壌Na代替え吸収が始まるシグナルはミクロな根近傍のK濃度であり、マクロな土壌交換性がゼロになる前に根近傍のKはゼロになるので注意が必要である。

 

【考察と今後の計画】  

 

国は最近、イオンビーム照射の突然変異体で、細胞膜中のナトリウム(Na)に係るトランスポーター(この報告ではゲートと表現)を破壊し、放射性セシウム(Cs)を吸わない稲の新品種を開発したと大きく報道しました(農研機構2017)。この成果は、水稲の代替ナトリウム吸収により放射性セシウム(Cs)が多量に吸収されるという、上記の放射性セシウム(Cs)集積のメカニズムを支持する傍証として歓迎すべき貴重な報告と考えています。しかしこのような品種開発方法は、植物が環境変動対応するため気の遠くなるような長い時間をかけて工夫し構築してきた体制を、一挙に短時間に抹殺する行為です。危うさを感じます。

福島原発事故以来7年目を迎え、米や野菜などの放射性放射性セシウム(Cs)濃度は沈静化してきました。しかし山菜、天然きのこや原木シイタケなど、相変わらず放射性セシウム(Cs)の一般食品についての基準値100Bq/kgに近い濃度が検出される事例が今でもあります。他の栽培野菜に比べこれら農産物は人為的に施肥でKを補うことが難しいためと考えられます。

キノコは放射性Csの超集積植物でないかとも考えられてきました。しかし以上水稲の事例から、シイタケは殊更放射性セシウム(Cs)を好んで選んで集積する超集積植物ではなく、水稲と同様、キノコの発生回数が多くなると、ホダ木などのカリウム(K)が低下し代替元素を吸収するゲートが突然開き、それまで低かったシイタケの放射性セシウム(Cs)濃度が突然高まるというメカニズムが予想されます。今後もシイタケのセシウム問題に、皆様と力を合わせ、工夫を重ね、引き続き取り組みたいと考えています。よろしくお願いいたします。